『B-P-E疑いの研究所』というプロジェクトはあるものが入手できなかったために実現することなく終わり、その結果がこの『疑いの研究所』となりました。
単なる表現とは対照的に、研究所には「干渉する」という特性があります。表現というものは本質的に非実験的なのです。当初このプロジェクトは、介入そのものを表現することによって自然科学が作用する領域の二つの対極(イアン・ハッキング(*1)の思想に基づく)を結合させようというものでした。「表現としての介入」としての表現を行うのです。発明者(と同時に介入者)であるバックミンスター・フラー(*2)によるオブジェの展示が実現されていれば、表現の「純粋さ」への疑いを引き起こすことになり、その表現自体が実験的なものになっていたはずです。
このプロジェクトを実現できなかったので、ラボラトリウム展に何を展示すれば良いのかというアイディアがわたしには全くありませんでした。それにこの文章の締め切りはとっくに過ぎているので、これがラボラトリウム展カタログの掲載文で最後に提出されたものとなるでしょう。自分が何かしなければいけないのにできない場合の最善策は、何もしないことです。しかし全然何もしないわけにはいかないので、ほとんど何もしないことにします。まるで構文解析のように思われるかもしれませんが、質と量の因子研究実験における悪名高い条件、つまり「他の条件が一定である場合(ceteris paribus)」という条件との構造的な関連性を強調しようと思います。これは面白い実験になるかもしれません。この実験では全条件を可能な限り持続させ、かつ全く変化も起こさないこと(paribus)によって、介入しないことを目指すのです。
ここにはジレンマがあります。ラボラトリウム展への参加が「しないこと」「介入しないこと」「ほとんど何もしないことをすること」なのであれば、「しない」を「する」のであり、それゆえに「しないこと」を「しない」ことになるのです。しないことを記述することによって、自分自身を否定することになるでしょうか? いや、そうはならないでしょう。それというのも、もし私が存在しないのであれば「しないこと」ができないわけですから。「存在」という言葉がはらむ厄介な意味はとりあえず置いておいて、広い心を持って考えると、とりあえず存在とは「する」ことであり、「しないこと」はすることの一つの形式であるというふうに考えていただきたいと思います。このことは「する」の明確な対義語がはっきりとは存在しないことで、語源的に裏づけられていると言えるかもしれません。「thirsty(渇望・のどの渇き)」という言葉に対する対義語も存在しません。言葉が存在しないシチュエーションの研究というのも、興味深い領域です。言語で表現されないことは、言葉での表現が追いつかないほどつい最近起きた「進歩」を示唆しているのです(トーマス・クーン(*3)の言葉)。比喩と比較のジャングルをくぐり抜けてきた新たなパラダイムが、新しいボキャブラリーへとたどり着くためのさまざまな困難に立ち向かうのです。「ほとんど何もしない」のメタファー、イメージとは何でしょう?
ラボラトリウム展には予算が用意されていることは分かっています。わたしが「ほとんど何もしない」ことをするための予算が。わたしがほとんど何もしないのならば、お金を欲しがっている人にあげるべきでしょうか? それともほとんど何もしないことを宣伝するために、広告代理店に支払うべきでしょうか? お金を使いながらほとんど何もしないというのは厄介です。いっそのこと、パリ(Paris)のバス(bus)を結んでしまいましょうか?
-カールステン・ヘラー[Carsten Höller]
Laboratorium 2001年
編集
ハンス・ウルリッヒ・オブリスト[Hans Ulrich Obrist]
バーバラ・ヴァンダーリンデン[Barbara Vanderlinden]
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註
*1 : イアン・ハッキング[Ian Hacking](1936年~)バンクーバー生まれの哲学者。トロント大学名誉教授、コレージュ・ド・フランス教授。言語哲学、科学哲学、確率統計学、構築主義、フーコー的系譜学など多岐にわたる著書があり、多くが日本語に訳されている。『何が社会的に構成されるのか』、『偶然を飼いならす』、『言語はなぜ哲学の問題になるのか』、『記憶を書きかえる』、『表現と介入』など。
*2 : バックミンスター・フラー[Richard Buckminster Fuller] (1895年7月12日 - 1983年1月1日)アメリカのマサチューセッツ州出身の思想家、デザイナー、建築家、発明家、詩人。『宇宙船地球号操縦マニュアル』、『クリティカル・パス』、『コズモグラフィー』、『宇宙エコロジー』、『バックミンスター・フラーの宇宙学校』などの著作がある。
*3 : トーマス・クーン/トマス・クーン[Thomas Kuhn](1922年7月18日 - 1996年6月17日)米国オハイオ州出身の科学史家・科学哲学者。主著『科学革命の構造』で、科学の歴史とはつねに累積するものではなく、断続的に革命的変化すなわち「パラダイムシフト」を生じるものであると指摘した。後にパラダイム概念を放棄し、専門母型(disciplinary matrix)という概念に変更。『科学革命の構造』、『コペルニクス革命』、『科学革命における本質的緊張』などを著わす。